『 学校へいけなくなるという事 』
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「本当、情けないったらないよ」
「ただの子どものわがままだろう」
「弱っちい。意気地なしだから学校にだって行けないんだ」
「いじめられる奴が原因さ。俺はそう思うね」
「フン、かまってらんねぇよ、そんな話」

そんなことを平気でいっていた人はいったい何人になるだろう。





私は四ヶ月のいじめと三ヶ月間『登校拒否』を続けた経験があります。
「つらい。孤独で死んでしまいたい」なんて言葉で表現しようと人はしますが
本当は、そうじゃない。
そんな言葉じゃ足りません。
もし、突然、友達がいなくなって、口さえきいてくれなくて
回りから全部消えてしまったら、どのくらい耐えている事ができますか。





“いつも一緒でなきゃダメ
トイレだって、八人いたら八人で行かなきゃいけない
何事も一緒がモットー
皆を困らす勝手は許さない それが私達の約束だから
破ったら どうにかしちゃうよ”
私は、そんな約束のあるグループから、どうしても逃げたしたくなりました。
「自分は束縛されている」なんて一丁前な事を考えついてしまったから。
約束を、破りました。
「裏切り者」です。





学校へ行かなくなっての三ヶ月、明るい日中は一歩も家から出なかったような気がします。
私が歩くと、皆、不思議そうな顔をして私を見ます。
『怖い!』
だから、外部から絶対守ってくれた親のいる家に、ずっといたのです。

そんな時、唯一、私が気にしていたのは、窓から見る空模様でした。
曇り、大雨、暗闇や雷。
学校へ通っていた頃、大嫌いだったくせに、
こんな天気の日には本も考え事も、気兼ねせず出来ました。
ところがカンカン照りの日は、それどころではありません。
                      (1995年、発表原稿下書きヨリ)




ブログで載せたかったのは約十一年前(09’一月現在で14年前)に我が家で体験した『いじめと登校拒否』についてでした。

これは、『いじめ』と『登校拒否』を体験し 地域外通学を始め精神的にも落ち着きだした頃、町の「少年の意見発表会」でこの体験を発表してみないかと地域外登校で通い始めた学校の担任教師の勧めで、上記が原稿を書き始めのものの一部分です。
発表当日の題名は『今 思うこと』  ~一人の登校拒否生徒からのメッセイージ~

ここに載せるという事は 相手への攻撃とか恨みとかではなく、わが子に“いじめ”や“登校拒否”に遭遇した時に、
『疲れ苦しんでいる子どもを休ませなさいよ』
『親だって仕事で辛い嫌なことってあって、時にはズル休みする、登校拒否ってそれと同じ』
『義務教育を途中で受けないで将来が心配?そんな事はありません。』
など、これを見て悲観せず、前向きに乗り切れる切っ掛けのかけらにでもなってくれたらとの、そう願いですね。
『いじめ ・ 登校拒否』も 付き合い方(対処)次第で親子にとって『最高の経験』と『楽しい時間のプレゼント』にもなる、なったんだって事が伝わってくれ 今その真っ只中のいる家族が見て少しでも力になって明るく考えてくれたら (それが一家族、一人の子どもでも) な、と願いながら載せつずけようと思ってます。



机の回りを整理していて、娘が地域外登校というかたちで学校に復帰して間もなく、担任の教師の進めで、体験を発表する事になった、その時の発表原稿が出てきた。
内容は、教師の立場上『まずい』と教師自身が感じた部分はカットされ「どうする」と直前まで悩んだ以下の原稿で発表した。
娘自身が本当に言いたいことのいくつかは担任の先生の立場上、削除しなければならず、これを受け入れて発表すると決めるまで長い、長い親子の話し合いがあり、思っていることの何十分の一でもいい人に聞いてもらえるチャンスを生かそうじゃないかとシブシブ納得しさせて発表にこぎつけた訳。

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(本人に描いてもらった発表の絵。高校に進学するまでは、顔色は青白く、この絵の表情そのもの。)

      


       『学校へ行けなくなるということ』・・。(石狩管内中学校文化連盟・生活体験発表会)

「本当、情けないったらないよ」
「ただの子どものわがままだろう」
「弱っちい。意気地無しだから学校にだって行けないんだ」
「フン、かまってらんねェよ、そんな話」

そんなことを平気で言っていた人は、いったい何人になるだろう。
二年生に進級して間もない頃、私は“いじめ”から『登校拒否』を続けた経験があります。

もし、突然、友達がいなくなって、口さえ聞いてくれなくなり周りから全部消えてしまったら、どのくらい耐えていることができますか。
私は耐えることができなかった。
皆にせめられ、ののしられ、さんざんバカにされました。
一瞬にして友達全部と信用と勇気を奪われて、私は学校を飛び出した。
「もう、終わりだな」って思いました。
部活も、勉強も、好きな人も全部残して。

我慢しようと思ったけれどやっぱり我慢できなくてよく泣きました。
でも、学校を休んで、不登校中の友達がたくさんできたのです。
彼等は、校則や、学校自体のあり方、すべての面に疑問を持ち学校を去ったのだと言います。
そんな仲間に背中を押されて、グッと胸が熱くなりました。
自分の周りにある分厚い殻をやぶっり出ようとしている人が、こんなにもたくさんいる!

一度の挫折だけで、全部の夢は崩れない。
何となく、私も、「あきらめてはいけないんだ」っていう気持が本当に湧きました。
それで、もう一度、中学生やっています。
親と、たくさんの不登校の仲間の思いに支えられて。
初めて経験した大きな力です。

登校拒否をして、価値観がガラリと変わった気がします。
もう、アクシデントにぶつかっても歩いていける。
よく、自分の意見をハッキリ言えたらいいんだとか、勇気を持てとか言うけれど、
ちょっと待ってください。
それで本当に解決するのでしょうか。
実際は、そんな簡単にかたずくものではないと思います。
助けのない一人ぽっちな処に、そんな勇気を、私達は絞り出すなどできない。

皆、『問題児』じゃないし、『弱虫』でもありません。
もしかしたら、次の朝には自分がターゲットになっているかもしれない。
もう一度考え直してください。
皆、『落ちこぼれ』なんかじゃありません。
夢を持っています。
人の痛みも知っています。
皆が思う以上にしっかりしている。
悲しくてどうしようもない事実なのに。
皆、知らなさすぎる。
無関心すぎる。
分かろうとしない大人や仲間が多すぎます。

『いじめ』による自殺がたくさん起きて、その時、語る校長先生や教頭先生を見ると、私は悲しくなります。
どうして同じ言葉しか出てこないのだろう。
「報告がなかった」
「いじめがあったとは知らなかった」
「いじめられる側にも責任がある」・・・と。

私が悩んでいたときだって、同じようなものでした。
今、私の心には、学校、そう、先生に対する『不信感』しか、残念ながら残っていません。
それでも、私の場合、今の学校に転校して、良い友達と、素晴らしい先生にめぐり逢い、なんとか立ち直れそうです。

どうか分かってほしい。
『いじめられっ子』にも原因があるとか、ないとか、考えないでほしい。
それが今、『いじめられっ子』が言わなきゃいけない、一つの『主張』だと思うから。

『助けてほしい』

『見ていてほしい』

『無視しないでほしい』

登校拒否の子を、『無気力な奴』なんて思わないでほしい。



            (平成7年中学校文化連盟『生活体験発表会』発表原稿。)




子どもが、友達や、いじめなどで苦しくなったら
学校をズル休みをしてもいい
もっと、辛く苦しかったら学校へ行かなくてもいい
でも、絶対にしては駄目なことが
一つある
それは、自分で自分を殺すこと!
そう、自殺をしては絶対
『駄目!』

親も、子どもより少し長くいきてきた
経験を駆使して、安心して休む場所をつくる
その場所は“家”なんだね
そう!“家庭”なんだから。
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by obora | 2009-01-17 00:16
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