いろんな進む“道”・・・・一言二言。
> ものすごく『道』が、進む道があって

約2~3時間かけての夜の散歩から帰ってきて 食卓テーブルに向かい合って座り、義務教育を拒否して今後どんな道があるのかと食卓テーブルの中心に垂れ下がった傘の大きな明かり一つにして、そまで禁酒していたウイスキーを飲み、娘は お茶やコーヒー、紅茶、時には、微量のアルコール分入り飲み物を飲みながら、これからどうしたいのか?将来どんな職業に就きたいのか?と、思い描いていることを聞いて、それに対してどんな事をすれば良いのかを、多少多く生きてきた経験とほんの少しの知恵を駆使して連日連夜、質問の嵐。
「勉強どうしよう」
・・・進研ゼミ、明日申し込むナ・・・
「吹奏楽、一般のサークルでやれないかな」
・・・じゃ、探してみるか、昼に自分でも職業別電話帳で探して・・・
「カメラの勉強したい」
・・・オレも教えるけれど、通信教育やろう・・・
「絵描きさんになるのにどうしたらいい」
・・・独学でもなれるけど、専門学校を出た方が早いけれども、独学でぜんぜんオーケー・・・
「わたしサ、尼さんにもなりたいさ」
・・・それっていま!?・・・
「実は京都の方の有名なお寺さんに手紙と電話したら、学校終わってからって」
これには
・・・『・……!』・・・
「わたし、ぜったいにお坊さんになるよ。その時、父さんサ、寺男やんな」
これには、笑って『そうだな、寅さんに出てくる源公だ』って言うしか返事のしようがなかった。
先のことばかり考えていた。怪我とか体の弱った野生の動物を保護して、回復状態をみていつ、どこで仲間(同世代)の中に帰すか、それを常に考えて娘と接していた。
そうして、一日の終わりは「自分で本当にしたいことを、決めて言ってみな?それに対して全面協力する」で,今日もお開きです。


>今日、通学(??!!)定期入れ買った。
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フリースクールの説明会に行って 
行くと決めて それの用意と登校拒否してから一人で買い物にでかけたパス入れ。
結果的に、フリースクール側の事情で(財政難と教育委員会の人に聞かされた)代表と娘の約束日に連絡がとれず、何度かそんな事があっ駄目になってしまったが、駄目になって結果よかった。フリースクールに行かせるって、最終的に出来なかったと思う。子どもを裏切って責任逃れのようだったから。だからと言ってフリースクールを否定するのではないし、絶対に必要なのだが、フリースクールの話が進んでいた頃、そう思っていた。
この定期券入れ、1年半後から高校通学に最後はボロボロになるまで使ってた。

   

>あと親が私を護ってくれるベサ。

『・・・・・ベサ。』って、疲れたら休ませ。
いじめっ子がら隠れる場所を用意して。
同じ目線で話を聞いて。
ちょっと長く生きた乏しい『知恵』を提供する。
こんなことくらいなんだよ。
こんど、今の娘に聞いてみよう「そうだベサ」って。






『 いろんな進む道 』

今回、学校に行かなくなって、 ものすごく『道』が、進む道があって 数の多さにビックリしたよ。
私、これから自分の夢に近ずくために、カメラの勉強 通信教育でします。
カメラも、絵も、いろいろわってみたい 時間がいっぱいあるしね。
それと一般のブラスバンドに入るの。
またコントラバス弾きたいし、中学の生活あきらめたけど、中学在中に できた『夢』まで あきらめることないんじゃないかって思うよ。

実のことを言うと、こんなこといろいろ考えてるくせに、まだどう生きていっていいのか、はっきりと自分の中でしていません。
『どうしよう』ってアセッているの
焦ったら駄目なんだ。
私が今『yes』や『no』の一言で自分の人生が変わると知っているのに本当は 分かってないんだよ。

でも札幌へ通うことができるなんて どんなに嬉しいか。
今日、通学(??!!)定期入れを買った。
カッコ良いと思わない 小走りしながら、関所をぬけていくの、
まさに夢の電車通学?
もしも札幌に通うことになったら、どのカバンを持っていくかも もうキマッテルんだよ~。
(ちなみに それは 黄緑のバック)

もう私の人生 皆とかわっちゃった。
一人で夢やアクシデントなんかに向かって歩いていく。

ゆっくりすぎて大丈夫なのか?!
って自分でも思うけど
確実に進んでるの。

もう学校や友達が 私を攻めることもない。
あと親が私を護ってくれるベサ。

近じか旅行へいくよ。
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                  1994・11・3  久美子
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by obora | 2009-01-21 00:00
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