『いじめはなくならないと感じた話』と『しては絶対にいけない事』
“いじめ”は減らすことは出来るかもしれないが、無くなる事は絶対にありえない。
釣りが好きで、釣り道具かついで日本を釣り歩いたくらいなので当然、色んな漁師町の漁師さんと仲良くなり親戚付き合いのようにまでになってしまうことがありました。
そんな中のある島の老いた漁師夫婦の家に何度目かに訪ねたときのこと、お茶を飲み、30分くらいたったころ、バァさんが「まぁ、聞いデけれ」と話だした内容はこうだった。
一家はバァさん夫婦と長男夫婦に3人の子ども、2人は家を出て高校生の息子の5人家族。
なんせ小さい島のこと、自営業の息子は昼飯を家に食べに戻る、その食事の用意をバァさんがするらしいのだが嫁さんから渡される食費が少なすぎ、なにをどう買って、どう作ればいいのか毎日の悩みだと言う。
実際にその献立を一緒に食べ、第一に思ったのは『このような食事で働く息子や高校生の孫が一日の活力として充分なのか?』だった。
たまたま、バァさんと二人になれたので、渋茶をすすりながらその疑問をぶつけてみた。
「なんもサ、わしが夜中のトイレにおきたもんサ、だらさア、流しの方からジュージューと音がして肉の焼けるいい臭いがすんの、下の冷蔵庫には入ってないけど、二階の若夫婦の処に大きなストッカーがあって何でもはいってンのサ。そうやってワシらが寝付いた頃やいて若夫婦や孫達が食べてたってことサ」と皺だらけの両手で湯呑み茶碗を包みこむようにして、膝の上に乗せ親指で茶碗の飲み口あたりをユックリさすり天井の方をボンヤリ見ていた。

家を出た孫二人もそうやって育った。
このように育って、どれが“いじめ”なのか判断なんてつかないのでは?
なぜかこの話をきかされて以来、それぞれの家庭でも考えなくてはならないのでは?いじめ問題が発生すっると学校と子ども達だけでを中心に“いじめ”を考えているような気がしたんだ。何か少し違うかなと、それ以来思うようになった。


ただ、今言えるはっきりした事は
学校で “いじめ”や、辛いこと、苦しいことがあって
我慢できなくなったら、
学校をズル休みしてもいいし
仮病を使ってやすんでもいい
長期的に学校を休んだっていいんだ。
だけど、絶対にしてはならない事が一つだけ有ると思う。
それは、自分で自分を殺すっえ事。
ちまり、『自殺』
これだけは絶対にしては駄目!!

そういう状況に子どもが出合ったら
大人、つまり親はあんぜんな逃げ場所を作ってやる。
なにも、ローンを組んだり、特別にお金を用立てることもない。
「いいよ、落ち着くまで家に居て休もう」
の一言だけでいいんだから。


話はバァさんに戻って、5年前、亡くなりました。
そのバァさん、一時、義理の母だった人です。
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by obora | 2009-01-18 00:08
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