『 子どもの権利条約 』に救われた親と子。
簡単に「ああ、学校に行かなくていいよ」と言ったもののその判断が子どもにとって本当に正しいものなのかと云う部分が一番神経を使わされた。
そんな時、新聞で ”子どもの権利条約”というものがあると知り、本を買い読んだ。なれない条文文書と悪戦苦闘しながら。

『登校拒否は、子どもの権利条約にもとずいて』考えると、どうなるのか?!
いったい この条文の中に それが有るのかと思いながら夢中で読み文を調べた結果。
「いじめで学校に明日から行かない」との宣言に「あぁ、いいよ」言った答えが第三条、第六条と第三十一条にたどり着き何度も何度も読み返し娘と納得いくまで話合い『これで学校を休む(登校拒否)に賛成し、あぁいいよが間違ってはいない』と肩の荷が下り軽くなった。


第三条 ”子どもの最善の利益”
第六条 ”生命への権利、生存、発達の確保”

 

を基本的な考え方として、子どもの成長、発達過程には、

第三十一条 ”休息、余暇、遊び、文化的、芸術的生活への参加”
は、絶対に必要なものと考えて、(実際問題としては、どのくらいの人が、このように考えてくれるか?!)
『登校拒否』は、この第三十一条の、休息等にあたるものとして、とりあえず家の中で精神的に安定第一に、それが、第三条の”子どもの最善の利益”と解釈。

ここまでくるのに、長い時間を要した。
13歳の娘と夜遅くまで、この本を前にして、やさしい言葉に直し ここまできたときは、二人で顔を見合わせて

「なぁ!久美さんが登校拒否しているのは、子どもの権利なんだってよ。胸はって外を歩きナ」

「なんだ、そうか。そうなのか」

肩身の狭い思いで家の中に閉じこもりぎみの娘に、いくら俺の考えを説明したところで、一抹の不安がいつも浮かんでくる、話終えるとボンヤリと頭の隅に『オレの判断、これでいいのか?』と浮かぶし、聞いている方も理屈では『そうだよね』って言いながら不安そうな顔を時々見せる。
自分達の考えを確かめる第三者の意見が欲しい時に子どもの権利条約とであった。
” 義務教育 ”(すべての者が受けなければならない教育)に知らず知らずに洗脳された部分それが『不安』となって現れたのだろう。
それを、取り払ってくれたのが この 子どもの権利条約 だった訳。

この権利を立てに学校その他を攻撃するなどと考える余裕はなく、自分達の考えや行動(登校拒否) の答え合わせ、間違いなのか、間違ってないのかっていう。

よく「学校にも行かないで、ただ 何もしないで家にいるの?」って耳にする。
「んなわけネェだろう」ってって・・・・サ。
あの時なんで、その人にいわなかったかな?!
(今、思うとスゲェ事してたんですネ、俺と娘)

分かりやすい第三条の条文は前の記事に書いたので第六条と第三十一条を。

第六条 『いのちのこと』

① ぼくらは、生きてていいんだ。
  
   ほかの人に殺されていいはずがない。
  
   苦しんでなきゃいけないとか、
  
   痛い思いをしなきゃいけない、
  
   なんてことは、
  
   絶対ない。


② だから、どんなときも、

   ぼくらが元気に生きて、育っていけるように、




第三十一条 『遊び、遊ぶ、遊べ、遊んじゃえ!』

① ぼくら子どもは、

  ぐあいがわるいときや疲れたときは、

  もちろん休んでいい。

  勉強や仕事のあいまにだって、休みは必要だ。

  そしてヒマな時間もね。

  そういうときは、

  ぼくらの年に合った遊びをしたり、

  みんなでいろんな楽しいことをしたり、

  本を読んだり、

  絵をかいたり、なにかつくったり、スポーツをしたり、

  好きなようにしていいんだ。


② ぼくらがそうやっていろんなことをするために、

  国はそれを大事にして、応援してほしい。 

  そのためのチャンスが、

  みんなに同じようにいきわたるように、とかさ。
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by obora | 2009-02-17 12:00
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