トキおばぁちゃんとお寺とその仲間達
                     故・小山 トキヲさん。
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幼稚園の頃から歩いて2~3分のお寺やその周りでよく遊んでいた。
小学一年生の時、いつものように一緒に風呂に入り石鹸箱の片方に、ぬれた手拭いを被せ、石鹸をぬりその片隅を吹くとモクモクと小さな泡の山を作ってそれをお互いの顔につけあったり 手で水鉄砲でお湯のかけあいなどをして体はろくに洗いもせず大騒ぎをしていた。

騒ぎも一息ついた頃に 突然「お~い、まさよし君 いいもの聞かせてやるか?」
「あ~、ききたいですね」
「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時~照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子・・・・・・・~。」
「なんダ?お経?・・ダぁか?」
「バ~ッカ!これ般若心経っんだ、ぜ~んぶ言えるサ 言ってやるか?どう~ダ?凄いベって!ナぁ~」
ただ口あんぐり!お寺に集まる、おばぁさん達の人気者なのは知ってはいたが無宗派、無信仰心 の親父としては「シェ~っ!すっゴい!トキさんに習ったんだ?」

登校拒否の間も、トキヲばぁさんをリーダーとしたグループに随分と精神的に助けられました。お寺に集まったバァさん達と渋茶をススリざ菓子やミカンを食べながら自分の現在おかれている状況を話、聞いてもらい仏の話も沢山していたようだった。
トキさんとは何度も娘の紹介で会い、沢山の話をしました。
「学校を登校拒否したからって長い人生の一コマ、お父さん!どうって事ないって」
「そうは思うもんの、ジンわりと不安が襲ってくるですよ」
「大丈夫、私が保証する!この子は心配ない!」
助かった。ただ一つ「トキさん勘弁してよ」って事がありました。
当時そのお寺には坊さんが居なかったんです。それである日チキさんが家に来て、お寺に来てくれったのかナ?兎に角話の内容は「お父さん、このお寺のお守りをしてもらえないだろうか?食べるのに不自由させないしどうだろうカぁ?」
一瞬喉詰まりを起こしたように「モグモグ・・・・・・」でした。


そんな環境もあってか学校に行かなくなって、これから進む選択肢として お寺が好き、お婆ちゃんが大好き、お経もと直ぐ隣に大好きが全て集まったお寺さんがあって精神的に救われ「わたし、尼さんになる」と言いだした。
それで千葉にある成田山新勝寺に手紙を書いて出したと言う。
「いじめ・登校拒否は関係なく、ずっと前からお坊さんになるって決めてた」
これには『いじめ とか登校拒否』問題なんぞどこかに飛んじゃった。
反対はしなかったが賛成でもない、究極の『複雑』

トキさんとも会い、何度か話をしてみると ものの考え方が俺と似てるんだね。
『いますぐって事でもないし、絵書きの尼さんもいいじゃない』
って事になり、これはこれで 応援しましょうと、娘が寝付いてから親父一人飲みました。飲まずにいられないんです。登校拒否になるまで、酒を止めて数年たっていたのが、この事をさかいに飲み始めて現在に至っています。
新勝寺にだした手紙の返事が『義務教育を終えてから・・・』で・・ほっ!
今は亡くなったトキさん
そとから見える本堂で坊さんを前に何人かが お経を唱えている、そこを娘と通るとクルリとこちらを向き両手をふっていたトキさん。

今も「私、いずれ坊さんになるヨ」って、それも有りか?!
その後14年経って「私はいずれ、必ずお坊さんになるよ。お寺で絵を教えたり、いじめにあって学校行けない子どもが来やすいお寺があってもいいと思ってる」と言ってます。
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by obora | 2009-02-03 00:20
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