『 先生への不信 』
小学校一年のとき、私の作文が文集にのったのに、 見て、びっくり。
私の書いた文に、かってにつけたしがあったんだよね。

『まるで、かわいい、えりちゃんが、うたっているようです。』

そんなクサイ言葉、一年生の私がかくか?
文集にのったときは、うれしかったけど、
すぐ興味をなくしたのをおぼえている。
それ以後、全然うれしくなかったし、
あんなの、私の文じゃない。
「ひどいよ、先生」って、すごく思った。
あの一行で、皆に馬鹿にされた。
あの一行で、どれだけ悩んだか。
そんなことを、知ってて書き加えたの、先生。



前歯の抜けた口で「ここ、先生が書いたサ」ブフッとした顔で、その箇所を指して言っていたのを覚えている。
この事を切っ掛けに先生イコール学校に不信感を持ち始めだし、
学生生活が終わるまで、それは変わらなかった。
右ならえに反発する性格も大きく影響したと思うが、学生最後まで教師、教授がバタバタしたのも事実。
『いじめと登校拒否』にも、このことが有ってねずいた教師に対する不信から子どもを精神的に落ち着かせようとするうえで一番厄介な事でもあった。

中学校でいじめに遭い教師に相談し、その都度一時しのぎの答えで安心し、次の日にはその約束が守られていないと知って教室の中で更に追い詰められるといった毎日。
登校拒否をして家に篭るのは同級生の“いじめ”からよりもそんな教師の目の前から逃げ出した。
日中、娘が一人で家に居るのを知って訪問しドアを開けるよう声をかけたり、ドアの覗き穴から覗くと担任の教師が立っている。そんな日家に帰ると精神不安定になっている娘が玄関に立っていて担任教師の家に電話をし家庭訪問をしないよう告げるが答えは“無言”
「あんたにも子どもがいるんだろう?」と個人的なことを聞くと
「います」と答えるが学校がらみの話には“無言”
本当に教師と話をしているのかナと首を傾げてしまった。
いじめと登校拒否で一番の難関は学校を含めた教師の言動。
校長や教頭そして教育委員会の元教師の指導員達から親に不用意な言葉は慎むように言われていたのか?
“いじめ”の初期に家に訪問して娘と叔母を前にあんなに雄弁だった教師が。
その時襖一枚隔てた処で会話すべてを聞いて『こんなに自信たっぷりと、約束して大丈夫か?』と心配するくらいの約束をして帰っていった。
結果はなに一つ約束は守られていなかった。

親が冷静に判断して『子どもの精神安定を得るため家庭訪問は控えてほしい』といったらそのようにしてほしい。
登校拒否と同時に校長先生や教頭先生から「家に伺ってお話をしたい」と電話がきたときも「子どもの気持が落ち着くまでは家庭訪問は控えてほしい」と言って向こうも了解してくれたのに守られていなかった。
子どもの事で動いているようで主役の子ども不在の騒動だった。今思い返しても『子ども不在騒動』。
学校側が“いじめ”問題を速やかに解決した例はあれから14~5年経ってその間も現在も聞いたことがない。
新聞、テレビなどの報道で知るかぎり現在もぜんぜん変わってはいないようです。
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by obora | 2009-06-23 16:01
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