ロータリークラブ
2009年4月30日、【札幌東ロータリークラブの例会】でのスピーチを依頼されその原稿がこれ。大体このようなことを話したそうです。「一番受けたのは、あんたの話のところでした。」って、またネタにされていました。

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                           (写真が消えたんでこれに差し替えました。)



【本文】
こんにちは。当別町に住んで活動している、佐藤久美子と申します。

仕事はイラストレーターの仕事をしたり、「こういう作品を描いてほしい」と注文をうけたり、描き方をおしえたりしています。

普段は、6畳間の狭い部屋で一人細々とやっているものですから、滅多に大勢の人の前に立ちませんので、緊張しております。宜しくお願いいたします。


何屋さんですか、と聞かれたら「絵描きです」と答える私も、プロとアマチュアの線引きを、どこですべきか自分でもよく分かっていなかったりします。

なぜなら、資格も免許もないですし、「私はアーティストなのよ」と宣言すればそうなるわけです。全くの自己申告制。

たまにそうやって作品を公開している人をみると、「まいったなぁ」と恥ずかしくなることもしばしば。なので、突然「画家の佐藤さん」「アーティストの佐藤さん」などと紹介されると、ドキッとしてしまいます。本当にこの方、そう思ってくれているのだろうかと、勘ぐったりしているのです。私はラッキーなことに、必要としてくれる人がいて、何とか仕事として出来ているので、良いのですけれど。それを自分の基準とさせていただいています。





今はネットが普及して、私もその恩恵を授かったひとりです。

どこにも所属していないため、どうやって作品を一般に知ってもらえるかを考えてとった手段が、ブログでした。なにかのキッカケになればと願い始めたものです。

一番初めに実際に展示したのは、南区の山奥。雪深い12月。

だれも来やしません。



その案内ハガキを、たまたま北海道医療大学の先生が見て、「うちの施設でもやってよ」と誘ってくださりました。二回目が、当別駅前「歯の健康プラザ」という、あの、歯医者さんの診察台がある部屋だったのです。気負わない施設でしたので、近所の人たちが遊びに来てくれて嬉しかったです。案内ハガキは、出版社からの初仕事へも繋いでくれました。

その頃、私は全くの無職。学校も辞め、バイトもしない、いわゆる一つのごくつぶしです。ただ、親に「5年間時間をやるから描き続けろ」と勧められ、その約束を黙々とやる日々を送っていました。

よく考えなくても、私には絵を描く以外とりえは何もありませんし、
両親もわが子ながらよく分かっていたのだと思います。
よくやらせてくれたものです。



実を言うと、ギャラリー、とれっきとした場所で展示をさせていただいたのは、去年10月に行った、ギャラリー・エッセさんが初めてでした。

それまで石狩市、当別町、江別市と、呼ばれれば行くドサ回りと変わらない活動をしていたのですが、展示をすると、次へのステップを得ることができたのですよね。好きな絵をとにかく描いてさえすれば、不思議なことに色々付いてきてくれる。欲しいものも、やってみたかったこと、いってみたかった場所、すべてですね。ここにこうして立たせていただいているのも、絵を描いていなければありえないことです。





いままで展示をしてきて感じたことがあります。
絵というものは、世間にとって、特別なもの、日常じゃないもののように捉えている方々が非常に多いようです。ギャラリーへ足を運ぶことにも慣れていないようで落ちつかないそうです。



私の個展でいつも嬉しいのは、その慣れていない人たちが立ち寄ってくださったこと。普段一緒のテーブルに座っておしゃべりすることのない人たちが、輪になって、頂き物のおやつを齧りながら楽しくしている様子は、見ていると興奮してしまいます。自分の作品が、出会いのキッカケにもなり得るのだと。とてもいい光景なのですよ。


依頼される仕事の中に、全く未知の世界もあります。

それは何かというと、ケイバの雑誌。
私は、ギャンブルは全く知りませんし、競馬もやりません。
毎月変わるエッセイにつけるイラストを描くのですけれど、その下調べがとても大変です。
幸い父が、ケイバ好きなので・・・全部任せています。すべて下調べをさせています。喜んでやってくれます。

ただし、あの人の場合、「勝った・負けた」の馬券専門なので、少々頼りないのが玉にキズ。



すると、●年のG1レースを走った●●となったとき、それが何着で、何番で、騎手の勝負服と帽子はどんなデザインの何色かが、問題になります。

父は「コレでいいんだ、俺が調べたんだから合ってるんだよ」なんて太鼓判を押し、信用して描いて出したら全くハズレ。出版元から手痛くダメだしを受けることもタビタビありました・・・。

今では苦手だった馬も、よく分かるようになりました。
動物解剖図を見ることも多くなって、描くにも色々研究中です。





あと、玉響という和食料理屋さんにもお世話になっています。
そこのHPにのせるもの全て私の絵を使ってくださって、10月の個展にも協力してくださったところで、感謝しきれません。

取材に行くと、スケッチ用と、試食用の2皿が必ず出てきます。

三品の場合、6皿でてくるのですね。

はじめは空腹で辛いのですけれど、それが楽しみでもあります。
緊張しすぎた私を気遣ってか、お酒も出してくださったこともありましたが
逆にベロベロになって帰宅して母に叱られたこともありました。
私にとっては、ちょっと特別な仕事の一つです。



オーナーが同じである、道庁塔屋にある「たかはし料理店。」にも、少し関わらせていただきました。あそこの壁は全面ボードチョーク用になっていて、是非、そこへチョークで描いて欲しいとお願いされたのです。

閉まっている土曜の夜に一人のぼって、怖かった。しかし、作業をし始めると楽しくて仕方ありません。子どものころ、やって叱られたことを、28歳になってお願いされて堂々とやれるとは夢にも思いませんでした。





私にとって、もし「夢」「魔法」という字を当てはめるなら、まさにコレがそうなのではないかとさえ思うこともあります。夢みたいなんです。
お渡しした紙にも印刷しているように、「1分1秒でも絵をみてもらえて、生活の中にあると、なんかいいよね、飽きないね」というような絵をこれからも仕上げていこうと思っています。よいと感じたものの上で、紙の上で沢山遊んで、世界を広げて行きたいなと、願っています。

どこか心に感じるところを誰かが拾ってくれたらこれほど嬉しいことはありません。

  

(了)
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by obora | 2009-05-14 08:44
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