母校で講演予定だった原稿・・・1
(注)40分間の時間内で4分の1程度しか話せなかったそうです。
  そこで全文を載せてみました。当然、本人の了解を得ておりますので、所々でも拾い読みしていただけたらとおもっています。





こんにちは。私は9年まえにここの学生だった佐藤久美子と申します。
高校と、短大と、専攻科と大谷にはお世話になって、今はイラストレーターと呼ばれることがおおくなった29歳です。
早い、時がたつのは。わたし、22でここを辞めてるんで。
当時の事務局や、先生には恨まれていてもおかしくない悪たれ小僧でしたから、ほんと、今でも信じられない。
嫌われておかしくなかったので、よく呼ばれたなぁ、といった感じ(笑)どうもすみません。

なので、もちろんこうして皆さんの前に立ってお話しする機会をいただけるとは夢にも思っていませんでした。
30人前後の予定ですよーと聞いていたのに、こんなにも大勢の皆さんにお集まりいただいて
・・・・責任重大すぎていささか息苦しいです(笑)もっと少なくてよかったのに(笑)


普段は家の中でひっそりとモグラのごとく制作する日々を送っているので、おしゃべりだけど、こうした場は慣れていません。
なのでどうぞ温かい目と耳でよろしくお願いいたします。

ひとつ注意として挙げておきたいのですが
おそらく、一般的に多く活躍されていらっしゃるフリーランス、イラストレーターさんたちとはちょっと違うやり方をしているみたいなんです。
だからこれからの皆さんの進路のガイドライン的な話にはならないかもしれないんだけど


絵を描いていて、絵を好きで、なんとか卒業後もやってる人間の一例として、私自身のことを時間内でお話します。
また「こんなんでもそれなりにやってるらしいね」ぐらいの目安として聞いておいてください。
制作を続けていってヨタヨタながらも続けてたらなんとか形になるんだよ、ってことが伝えられたらいいなと考えています。(introduction)







5年前ほどから突然「イラストレーター」と呼ばれるようになりました。
きっかけは、地元当別でやらせてもらった個展で、北海道医療大学という医療と看護系の学校があって
そこの施設でやったんです。
「歯の健康プラザ」というある意味すごい場所をお借りしたわけですが
そこを管理運営していらっしゃった口腔外科の教授が、私のハガキを人づてに手に入れて興味を持ってくださって
「人集めに一役かってくれ。展示の協力は全面的にするから」ということになったんですね。



(画像:エレニ)


そのときのDMを偶然見たある出版社の方がご来場くださって
「本のカバー絵をちょっと描いてみない?」
3冊一気にやりました。

(画像:てけれっつのぱ・極道の紋章)

一冊めは、時代小説。二冊目は、ヤグザ小説。これはVシネの監督がシリーズ化するために描いた作品だとかで、
紋章ひとつにしても色々気を使った思い出がありましたね、怖いから。
3冊目は、おばあさんの自伝。自主出版。随分と異なったスタイルの作品ですよね。


そのあと、ブログで私の絵を見たライターさんからも挿画と装丁の依頼がありました。

(画像:ロストラゲッジ)



イスラエルに当時居た方で、正統派ユダヤ人について書いた内容のお話だったので、これもまた宗教上気を使いましたね。
十字架は描くなとかね。
ある日、突然電話がかかってきたと思ったら、エルサレムからで「あんたこれどうなってんねん!!」といきなり怒鳴られたこともあったりして。
生まれてはじめての国際電話が、関西弁で叱られまくったという。



これがプロとしての始まりでした。







それまで何をしていたかと言うと
家でひたすら絵を描くことだけしかやってなかったんです。

専攻科2年の9月に辞めて、家族の了承を得て、バイトもしないで描いていました。

五年間、食べることと寝るところと画材の世話はみてやるから、
本気で作品作りをしてみること。

きっちり結果を出せる力がつくまでは、ファイルの持ち出しもダメ、バイトもダメ。
気がふれるくらいにやってみなさいと

そんな条件を出されて生活をしていました。




これもある意味キツかったですよ。


本の仕事が来たのはそういう生活をしだして3年目だったから、5年もかからなかったんだけど
5年たったからってプロになれるかという保証があったわけじゃなかったから
両親も私も、一体どうなってしまうのだろうと…


絵だけを描いていた割に、「どういう形でデビューするか」などの構想は全く立ててなかったんで
本当に「いきなりillustratorになっちゃった」のでした。

絵の仕事はしたいなあ、ってそりゃあ思っていたのだけども、
具体的なものなんて全然見当も付かなかったからね。


たとえば絵画コンペに出すとか、したらいいのかなー、と思っても
作品に似合ったそれを見つけられなかったし

じゃあ、個展でもしたらいいのかなー、っていったって
無名の私の展示なんて誰が観に来るだろう、と。


開いたはいいけれど、身内と少ない友達しか来てくれないんだったらいやだし。


そこで始めたのが、ブログでした。



ネットなら、不特定多数の人たちに観てもらえるし、つながりもできるし。
このブログには助けられました。


当時はツイッターでもミクシィでもなくて、ブログが一番新しかったんです。
やたら雑誌に紹介され
「HTMLが分からなくても気軽にあなたのページが作れます」ということでね。




周囲には「辞めなさいよそんなことは」とよく諭されたものでした。
仮想世界で発表したって、結局は仮想の話じゃないか、とか
苦労して作ったものを、そんな軽い感じで扱っていいのか、とか
人がやろうとしている事に水を差されて、腹が立つんだけど

一番カチンときたのは

「家にずっといるから、時間がたくさんあるのね~」っていう…。
そういう問題じゃないんですが、周辺の方々は理解しませんでしたね。


ネットも、絵も、コミュニケーションツールの一つに過ぎないのであって
とりあえず興味を持ってもらうためのきっかけ作りなんですよ。

ホームページやブログでみてから仕事をいただいたり、絵画の制作依頼が来たり、個展のお誘いが来たり。
バーチャルからリアルに持って行けるなら、どんな方法をとってもいいと思います。


皆さんも、時間があったら私のホームページとブログみてね。
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by obora | 2010-07-05 23:43
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