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『C編成、四番目、』
                 C編成、四番目、一位、金賞、全道へ!!

                 ・・・・・ 全道へのキップ、手に入れた。
                 暑い中、流した汗、涙。
                 それが、また再び流れる。

                 夏休みや、いままでの時間をなげうって
                 地区通過、全道金賞をめざして頑張った、この夏。
                 ホール練習が続いたこの頃
                 つかれてヘトヘトだったけど
                 本番、キンチョーして
                 泣きそうになったけど、
                 (私は、そんなんじゃなかったけど)
                 ふんばって、いつもより のびのび演奏したよ。

                 その結果が、全道へいけたってことなんだね。
                 みんな泣いたこの日
                 ゼッタイ忘れない。
                 他の人達の協力、日々のつらい出来事
                 そして、私達の努力を
                 けして、忘れない。


MEMO
94' 8/13

      ● ひるめしの時間の仏教“キリスト教追放”~赤い水がまじると~のオバサン。

      ● なかむらセンパイ、きどせんぱい、さいとうあきこせんぱい おうえん

      ● 金色のつるの おまもり
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by obora | 2008-12-31 00:06
94' 10/31 ~ 95' 2/1 ・・・ (9) ・・・ 『学校へ行かない』 
A組の登美の事はこうだ。
学校での一人ぽっちがつらくて小学校の時、仲の良かった登美に相談したら、気持良くOK
してくれた。
その時は嬉しくて『よっし、頑張って学校いくぞっ!』て思ったくらいだったし、登美からも電話がきて「今度の土曜日遊べる」と言って少し長話をして気分良かった。
次の日、学校へ行くと登美が休んでいた。
帰って来てから心配で何度も電話した、でも留守。
そして次の日、学校から帰ると登美から電話があって、その話を聞いて受話器を持ったまま体に力が抜けていくようで、立っていられず、その場にへたりこんでしまった。

登美は何も悪くないし、私が登美でも同じことを言ったとおもう。
「久美子ちゃん、学校で話すのやめよう。登美も仲間外れにされたら困る、手紙で相談にのるから」
「いいよ、いい、なにもしなくていい、バイバイ」と言うのがやっとだった。
そばに父さんがいて「どうした」と心配そうな顔して聞いてきたけれどその時は、「登美から、遊べないって」といっといた。
(少し時間たってから、本当の事話したけど)
父さん、私の肩をポンと叩いて、黙って心配そうな顔してた。

この電話の後、『もう駄目だ』とおもったし、数日後の10月31日、体も頭も動かないって感じになり、とうとうリタイヤしちゃった。
両親、特に父さんが、「もう、学校に行けない」と告白相談した時、「いいぞ」と言ってくれ、泣くほど嬉しかった。
今までの事全部、毎日話をしていたので、どんな状態だったか知っていてくれたからだと思う。

登美に相談した日、学校から登美といっしょに私の家に来て、弁当を食べていったけど、学校を出る時、玄関近くで会った登美の友達に、『久美子ちゃんの家へ行く』とは言わなかったっけ。
「青山のバァちゃんの家へいく」って言ってたな。
青山だったら、私の家の前を通っていくから、私と歩いていても良いんだよな。
その時、気が付けばよかった。

皆、良い意味で私より大人だよな。

私は、長谷川達に色々言葉や態度で『いじめ』られてきたけれど、中学校に入った時、学校に出す書類の“友達”の欄に、私は『森下千里』
森下さんは『佐藤久美子』って書いたのを、後で知り、森下さんと二人で「おーっ」って奇妙な声を出してハシャギまくった。
そんな事もあって、ずっと、どんな事でも言い合える親友、喧嘩もするけど親友と思い込んでいただけ。
私だけが小学五年から、
そのあたりが成長していなかったんだ。
この事の方が、今の私にとっては、重大な事だな。

とにかく疲れた。

登美は何も悪い事してないんだよな7.
登美の電話が最後になって、学校へ行かなくなったけど、登美が原因じゃないんだし、
むずかしくて、わかんなくなってくる。
でも、数少ない良くしてくれた同期の子に登美は一番にはいるし、登美が悪くとられたら心配だ。
母さんが、登美の名前を出さず、『いじめ』に対しビクビクしている生徒が結構たくさんいるという意味で学校に話すと、その子の名前を教えてくれと、少し大変だったみたい。
分かったら、私の登校拒否の原因なんだなんて事になったら大変だから。
そうじゃないんだから。

                                      おわり
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by obora | 2008-12-30 00:25
94' 10/31 ~ 95' 2/1 ・・・ (8) ・・・ 『部活』
私の好きな人は、同じ部活の男子生徒で、メガネをかけた、ちょっとこぶとりでコロコロと丸い感じの同じ低音パートの人。
でも、あまり個人的な会話もなかったし、チューナーでもあったら、『計ってあげる』とでも言って会話のきっかけができると思い、チューナーを持っているパートリーダーの恵美ちゃんに「チューナーを私がもっていたら駄目だろうか」と手紙でたのんだのだ。
その日は学校祭のかたずけで、早く掃除をして、後は自由だった。
掃除がおわっり、最後まで掃除をしていた私が教室へもどると、女子が松川恵美をとりかこんで真剣になにやら話しているようだ。
『あっ。チューナーのことだな』とすぐわかり、『あの頼み事は、まずかったかな』と反省していたところだった。
自分の事と知って教室にいるのもなんだし、廊下へでた。
なんとなく不安になってD組の朝美一美に、この事情を知ってもらいたくてメモを書こうとしていると、原と中田がニヤニヤしながら「何を書いてるの?」とそばによってきた。
「べつに」と言ってあわててメモを隠した。
「寒いよ、中に入らないの」と中田は言って教室へ入っていった。
原はなにか意味ありげな笑いを顔いっぱいに浮かべながら、ちょっかいをかけてきた。
「チューナーの事でしょう」と言うと、「知らない」と言いながらニヤついている。
そして「久美子ちゃんが悪いんじゃないの、ほかのパートの奴が言うのもなんだけどさ、チューナーは恵美ちゃんが持っているのが普通じゃない。」
そう言い残して教室に入っていった。
『うぐっ!』息がつまる。
どうしてこんなに騒ぐんだ。
『いいか』って聞いて、『駄目』とか、『すぐ返して』といった程度のことだろうって。
なんでクラスの女の子が、かたまって騒ぐかな。
もともとは、私があんな事考えなければ、そして、もっと『いじめ』に対して用心していれば何もなかったんだから、しかたがないと思うしかないとあきらめた。
ほかの部活の人にまで、やがて学活のとき、前に座る中山さゆりが「部でゴタゴタがあるんだって、そのチューナーっての恵美に持たせた方がいいよ。」だの、
「パートリーダーになりたかったの」とか言ってきた。
どうしてこんな些細な事で、こうも大きく騒げるのだろう。
皆、私への攻撃の口実を探していたのかなと思うくらいに。
また私の孤立が始まった。B組の武田、A組の登美達に話し相手になってほしいとたのんだが結局駄目だった。
嫌がらせなどの攻撃も、先生が中に入ったこともあって、何倍にもなってかえってきちゃった。
授業で発表したり、答えると長谷川を中心にザワつき「本当にあってんの」とか、もう息苦しい。
体育の時間、バレーボールがあると最悪の事態。
私にボールが全然こない、たまにボールを打ち返すと相手が長谷川だと打たないで受け止めてしまう。そして私を取り除いて、新たにゲームを始めるといった感じでもう私にはボールはこない。
体育の時間を『体長が悪い』と言っては見学したり、体育のある日には『頭が痛い』とか言って学校を休んだりもした。
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by obora | 2008-12-29 00:19
94' 10/31 ~ 95' 2/1 ・・・ (7) ・・・ 『再び始まった“いじめ”』
9月からの皆の態度がガラリと変わった。
「移動教室、一緒にいこう。」
「手洗いに行こう。」
などと、急にベタベタしてくるようになった。
『友達』
『仲間』
『クラスメート』とか、
なぜかそのような言葉が多くなり、逆にそのようなことが、すぐに消えてなくなるような不安でいっぱい。
実際、まもなく私の足元から、ガラガラと音を立てて崩れていった。
そう、そんな取って付けたような友情なんて一ヶ月間で終わってしまったもんな。
努力して、せまくても良いから、しっかりと安心して立てる足場探しもしてみたい。
まったく中学校生活のサバイバル・ゲームのようなものだったかな。
偽物の『仲間・友情』が跡形もなく消えさったのが9月の下旬。

すごくワガママな原サチが原因で、まったく嫌になってしまう事がもちあがってしまった。
原の好きな人が私の隣の席にいる、『橋本健二』くん。
中間テストまじかだった社会科の時間で、テスト近くの社会の時間は、自習が多く自由に好きな人と問題を出し合いするのが、おもな授業内容だった。
それまで隣にかたまっていた男子軍団に押し出されそうになりながら一人でポツンとやっていた。
そんな時、原に誘われて、何人かが集まり勉強がはじまった。
皆とワイワイしながら触れ合いというのか、そんな事がとても楽しみにしていたし、本当、楽しかった。
その時、私はあいていた隣の橋本くんの椅子に座り、私の椅子に阿部さんが座った。
なんとなくそうなったので、なにも意味なんてない。
すると原サチが急にこわばった顔で私をにらみつけ「うち、やっぱりやらないわ。」とクルリと背を向け前に座っている長谷川達に、なにやらヒソヒソと、ときどき盗み見するような感じで私の顔を見ながら言っている。
「うわぁー。」
「なに~、それ~。」
と、時々部分的に大きい声で、そしてヒソヒソ話。
橋本くんの席に座ったので『嫉妬』したみたい、中学生らしくないよなぁ、こんなの。
結構、橋本くんとは席が隣、班が同じとか、何かの係りのとき一緒とかだったりするけど、別に特別な感情なんて持ってないのに。

原が橋本くんの事、好きなのを知っていて、わざと『やきもち』をやかしたり、嫌がらせしているようにとったみたい、そんなに性格悪くないって!そんな事でムチャ怒ってたんだ。
だって今も何でそんなに怒らなければならないか分からない。
正常な頭では到底理解できないことと思うけどね。

その時はいったいなんで怒っているのかわからず、勘の鋭い阿部さんに「嫉妬!?」と聞いた。
そうらしいと知って、もう溜息も出ないな。
こんな時どうしたらいいのかな。
とにかく原に「なに怒ってるの」と聞いても、「なんでもないってば」とヒステリックな答えしかかえってこない。
(なんともなくねぇだろう)

「なんでもない」と言いながら結構一方的に「久美子ちゃん橋本くんのこと好きなのか」などと聞いてくる、「ちがう」と言おうとしても、「これ以上何か言ったらマジ怒るよ」と答えさせてくれない。
そして何故か長谷川が原以上に興奮して反発してきた。
長谷川に関係ないのに、とにかくなにかを無理にさがして攻撃しょうとする。
前に先生に怒られたことを根にもっているようだ。
原もそういう気持があるのだろう、私はそう思う。
だって片思いなのだし、中学生には似合わない『嫉妬』だもの、そうしか思えないよ。

また、『いじめ』が、ぶりかえしたかと思ったある日のこと、私が好意を持っている人の名前を、松川恵美が原にバラシたので、原は安心と好奇心でいっぱいになり、また呼びつけていろいろと聞き出そうとする。
何もあの人達に提供するような話など持ってないって。
ただ、「お願いだから、ひろめないでくれ」と頼むだけである。
長谷川は『いじめ』再開のきっかけを失って、また嫌々笑い話かけてくる。
原は私が橋本くんの隣の席なのを利用して、「あの人のシャープの色は?」などと聞き出そうとしてきた。

そして、学校祭の二年生のだし物造形、壁新聞の制作中、原の“異常っぽい片思い”は簡単に終わった。
さっきまであんなに好きだといっていたのに、ほんの些細な事ですごい変わりよう。
相棒の長谷川にすぐ言い長谷川は原以上に燃え上がり、女子全員に橋本くんへの『無視』をよびかけていた。
(馬鹿もいいかげんにしてくれ)
男子には、吉田というイヤな男が呼びかけていたそうだ。
この男は長谷川に色々と情報を提供していた憎たらしい男。
『恋』ってそんなに簡単にさめるものなのかな。
そんなのって『恋』とかいうものではないと思うな。
腕に(橋本)健二の『K』という文字を彫って(机にも)そんな事までして、あっという間だものな、この変わりようはなんだ。
やっぱり全然変なんじゃないかな!?
これで、このドタバタ事件は終わったと思って安心してしまったんだ。
それって『登校拒否』まで行ってしまう第二ラウンドへの予告みたいなものだったんだ。
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by obora | 2008-12-28 00:56
94' 10/31 ~ 95' 2/1 ・・・ (6) ・・・ 『家庭訪問と嘘』
そんな最中に、担任の倉田先生が家に来た。
先生が家に来たのは連絡網を長谷川にとばされて、なにも知らず用意すべき物を用意しないで登校した日があったので、その事を私が親達(家族)に話をして、それを聞いた家族は「単純ないじめならともかく、これはチョッと待て」といった感じで、その事を学校へ電話をし、担任は会議とかで教頭先生に話をして、そして倉田先生が来た。
その日は家族で『アダムス・ファミリー・2』を見ていた土曜日の雨の日。
「どうしたんだ。先生、佐藤さんをみていて仲間外れになっている様にみえて心配で、話を聞こうと思って今日おじゃましたんだけど」
『こいつ』と思った。
何ヶ月たってると思ってるんだって感じがしてムッとした。
倉田先生は嫌いだったけど、一応話をしてみるのもいいかと思い、やけばちの喧嘩ごし気味の強い口調で話をした。
泣きそうになりながらも、強く、きつく。
前の『強く生きる』のところで書いてあることを、父さんに言われた影響もあっての話し方だた。
「・・・・んで、こう先生に話したところでどうなるんですか?少しは直ると思っているんですか?先生に相談して少しはプラスになるんでしょうね。先生が彼女らを怒っても、どうにもならないと思うんですが」
「いや、少しでも佐藤さんの、いやすい環境を作りたいと思っているし、言って損はないだろう。佐藤さんが先生に言ってきたのではなく、先生が気ずいたことにしておくから ・・・ 大丈夫です。」
「じゃ、もし先生があの人らに注意しても、また始まったら?始まったら、また、同じ事を彼女らに言うんですか?」
「いや、また始まったら、今度は親を呼んで、それでもまたって事があれば、学校へこさせないよう対処をします」
と、まぁこんな感じで1時間ちょつと話をして「では ・・・」と云って帰っていった。
嘘でもなんでもいいから、頼りない先生でも今回は頼ってみようと思った。

先生が帰ってから、私のベットに隠れていた父さんに「目上の人に対して言葉使いが悪い」と、さっきとは矛盾した事を言われたが、あれで良かったと思う。

翌日の4時間目の数学の時間に、村上先生に呼び出された。
村上先生は生活指導の先生でもある、倉田先生も後から来た。
中会議室で、お昼も食べさせてみらえず、ずーっと「話をしろ」と言われた。
今までのあらましを話すと教室へもどされた。
教室の皆の目が怖かった。
なんで呼び出されたのか、もう、皆、知っていたようだ。
教室には、あまり人はおらず、人が少ないのに、どうしてか長谷川がいた。
長谷川は、今までより一層いやな顔と態度を示した。
次は長谷川ら6人が放課後呼ばれ、「なんで、うちらまで呼ばれなきゃいけないのー」と叫ぶ声が聞こえ、『ドキッ』とした。

部活が始まって、だいぶんたったが戻ってこない。
吹奏楽部で合奏が始まる時間になっても戻ってこない。
先輩が、「どうしたんだろう」とザワめく。
あと30分くらいしか残り時間がなくなった頃に、ブラバン生徒の4人が帰ってきた。
森下、松川をのぞいた二人は泣いて、暗い感じになって帰ってきた。
先輩は、「ここまで泣かせて、なにがあったんだ」と怒った。

部活が終わった後、校長室に呼ばれたので、どのような指導をしたのかを聞いた。
校長先生も同室していたが特別話はしなかった。
長谷川と中田は倉田先生が、ほかの4人は部活の先生でもある村上先生が叱ったという。
倉田先生は、とにかく「あれもしただろう。これもこうだろう。」と、しつこく問い詰めていったらしい、最初、長谷川は「佐藤がなにもかも悪い」と言って頑張ったらしいが、しつこくせまったので、泣きながら罪を認めたらしいが、しつこく問い詰め、追い込み、白状させただけで指導はしていないなと思った。
その後、指導があったらこんな事にまでならなかったと思うよ。

母と叔母が校長先生に会った時。
「いじめがあった事は、まったく知らなかったし、そのような報告も受けていない。」と言っていたそうだが、嘘だ。
校長先生は知っているよ。
だって放課後、倉田先生が私を校長室に呼んで、その時校長先生いたんだもの。
話がおわった時はいなくなっていたけど、それに、校長室に私と担任が入って、何か話をしていたら、倉田先生に『どうしたんだ』って、あとで聞くよね。
父さんも「色々と常識で考えると、知らないって言う方に無理があるな」って言っていた。
大人の(教師)の世界も私達と同じで『へん』なんだ。

でも、校長先生は知っていたよ!!

中田良美は、とても反省しているとのことで、「手紙か電話で謝りたい」と言ってたそうだ。(後で電話があった)
ほかの4人は、部活のチームワークのことをからめながら、話をしたみたい、そして、4人も「謝りたい」と言ったそう。
先生に、お礼を言って校長室を出ると、「一緒に帰ろう」と、アキちゃんが待っていてくれ二人で学校を出た。

でも、倉田先生が始めに言った「佐藤さんから聞いたとは言わず・・・・」は、嘘になっていた。
とりあえず、その時はもう終わったんだ。
『一人ぽっちじゃないぞ!!』
そう思った。
その時は ・・・・。
8月も終わる夜の下校の途中に。
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by obora | 2008-12-26 00:18
94’10/31 ~ 95'2/1 ・・・ (5) ・・・ 『いじめの方法』
● ・・・ いつもにらまれる。
● ・・・ 目の前で『むかつく』の連発、それも毎日。
● ・・・ イタズラ電話。
● ・・・ ほかのクラスの子とも話をさせない、近ずかせない。
● ・・・ 連絡網をとばされて、慌てたこともあった。

連絡網の事は、連絡をとばされ(私の前が長谷川)次の日、何も知らず学校へ行くと、その日は“タンパン用意”
後で知った事だけれど。「佐藤の連絡網、とばす。」とグループの人に言っていたんだ。
森下さんだって知っていたんだもの、電話でそっと知らせてくれたっていいのに・・・。
家で遊び、父さんの料理、何度も楽しく、仲良く食べたり、悩み事を話し合ったり絶対に親友だった。(だったと思っていた。)
どんな事があっても、実際、今でも『親友は森下さん。』て言いそうになる事がある。
ほかにもたくさんあって、これ以上書くと、思い出して、又、苦しくなる。
とにかく、嫌がらせはそうとうなものだった。

クラスメートに、阿部留美という、すごく良い子がいて、その子は私のことを心配してくれて唯一の相談相手だったのに、私がその子のそばに、その子が私のそばにくると、かならず「留美ちゃん」と中田の呼び出しがかかり、全然話せる状態ではなかった。
そして、阿部さんが彼女達のところへもどっていくと必ず「殺してやる。」(殺せるはずないけど、おそろしかった)
「死ねェ!テメェなんかいらねェんだ!」
「クソ女!」
などと、ののしる声が耳にガンガン入ってくる。
廊下を走っている私を見て「あっ、馬鹿女が走って行くよ」と大声で言う。
(そういうのは、移動教室の時で、皆がいる前を一人で歩いているのを見られたくなかったので、一番に教室を出て走って帰っていた。)
もっと、もっと、これだけじゃない、こんなもんじゃないんだって。
廊下とかで、すれちがう時、まるで生ゴミをつけた汚い物のように、わざと大きくよけて逃げるように避けてゆく、そして、かならず、
「アホ女」だの、
「気味の悪い女」だのと、この頭じゃ処理しきれないほどの、悪口、ののしりを吐き散らしていく。
それら、すべて長谷川が先頭になり、(初めからずっとそうだった)
彼女の存在が、だんだんと私の中で大きく巨大になって重くのしかかってくる。
悔しいけれど何も言えないし、できない。
一人でたちむかうなんて、とてもできなかった。

いくじなし。
まけたんだ。
あいつらに完敗さ。

中田良美も加わって攻撃をしかけてきた。
彼女だって一人ぽっちだったのに、長谷川グループに誘われてはいって、その時分グループでは私に対して『いじめ』が盛んだったので、特に関係のない中田までが、どうしたのか人一倍ハッスルしてかかってきた。

休み時間、とても教室にいられず、D組の朝美一美がつきあってくれて休み時間のD組通いがはじまった。
それは、隣のクラスといえ大変なこと、一美も機嫌の良い日、悪い日があり、行きずらかった。
でも一人になりたくなかったから頑張った。
よく考えたら変なことに必死になって。
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by obora | 2008-12-25 00:11
94' 10/31  ~ 95' 2/1 ・・・ (4) ・・・ 『仲間外し』
私って一人でいることは経験がないためか、なかなか耐えることができず森下さんや工藤さんに結局は長谷川たちの悪口を言って、なんとか私のそばにいてくれるようにしようとした。
そして、何日もそのことで頑張ってみた。みじめだったなぁ。
そして森下さんと工藤さんの答えは、
「一応、久美子ちゃんのそばにいくよ。」
「でも、長谷川さん達うるさいよ。」と、いつも半端な感じにスッキリしない答えが返ってくる。
「まずは、久美子ちゃんのそばに無理してもいることにする。」だった。
でも二人は一度も、私の席に来てくれなかった。
だって、考えたら、あの二人が私の話を大きくしていたんだもんな。
バッカだよな、わたしって。

長谷川が怖かったし、邪魔されることもあった。まず来てくれないだろうとは思っていたけど、やはり、いきなり一人ぽっちにされてしまった人間は、そんなあやふやな連中の言葉でも、少しばかしの期待は持ってしまうではないか!?
部活の帰り、家の近くになると森下さんと二人になったので、
「私の処に来て話をするって言ったのに、どうして来てくれないにさ」と攻めるような強い口調で森下さんに言うと。
「今朝いったしょや」
「えっ!?」と思って森下さんと別れ、今日の朝、教室に入ってからのことをずっと考えてみた。

朝いつもにように、ポツンと机に向かっていると、森下さんが私の処へ来た。そう、たしかに。
そして、「やぁ!」と言いながら小さく手を上げて、又、向こうへ行ってしまった。
これが教室で私の処へ来て話をしたというのか?
それが以前のような親友仲間関係っていうのかな。
何日かして、たまりかね、「なんで来てくれると言っときながら全然来ないじゃない、そりゃあ向こうとも仲良くしなきゃいけないし、難しいのはわかってるけど、少しは期待してたんだよ」
なんて一人っ子独特のわがままをぶっつけ、吐きかけた。
すると、「久美子ちゃん、うちらのこと信用してくれなかったの?」と。
『??????』
もう誰も頼る人がいなくなった。(最初からそんなもの私の回りにはいなかったんだ)
一人っきりの中学放浪生活が、これから前半の4ヶ月間つづくのだ。
そして長い、長い4ヶ月、ずっと悩み苦しめられてきた。
数えきれないほどの徹底した『無視』 『仲間外し』 『級友と話をさせないように邪魔をする』
毎日、毎日が苦痛。
とても、今は言葉や文字で表現するには、全部のことをひっくるめて、もっともっと時間をおいてから、もう一度考えてみたい。
今は自分の今後の事で頭がいっぱいだし、中学校へ行ってない、なんとも言えない気持だしね。
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by obora | 2008-12-24 00:16
94’10/31 ~ 95'2/1  ・・・  (3) ・・・ 『小学校からの親友』
チャイムが鳴り、ベチョベチョになったハンカチをサッちゃんに返し席へもどった。
森下さんとサッちゃんが首をかしげ合っている。
『変な奴』とでも言っているのだろ。
隣の人が「どうして泣いているの」と、後の長谷川に聞いている。
「さぁ~ネ。」と薄情な言い方で答えていた。
くやしかった。
くやしかったけれど、なにもできずにオイオイ泣いている自分が、情けなくて、本当にくやしかったな。
何も言い返すことができなかったんだから。
気ずくと、泣きながら手紙を書いていた、恵美ちゃんにだ。
手紙の内容は、ほとんどが『ごめんなさい、すいませんでした。』
『あんなこと二度としません』の連発で、鬼が桃太郎に書いているようなものだった。
ノートの切れ端に書いた手紙をどう渡そうかと、べそをかきながら悩んだ。 
すると、くるっと後をむいて、「このメモ見てなかったぁ、ありがとう」と恵美ちゃんが笑って言ってきた。
『怒っていない!』そう思って勢いにのって勇気を出して渡した。
(恵美ちゃんの言うメモというのは、私が前にカゼで休んで数学のノートを借りて、お礼を書いてノートにはさめて返したもの)
恵美ちゃんは、すぐに読んでくれビリビリとノートを破り返事を書いてくれた。 ドキドキ ・・・ 。

裏のP・Sの処に、“本当は、うちも怒ってるんだよ!”と書かれている、鼻水をすすりながら手紙を開いて読んだ。

“久美子ちゃん、うちらといるより一人でいるほうがいいっていったんでしょ? ひどいよ!大変だろうけど頑張って一人ずつあやまって!おこってるよ。ものすごく”

ああ、なんてこった!
どうしてこんなことになってるの!?

森下さんは小学校からの親友と信じていたし、自分の考え、それも他人の悪口でもないのに、どうしてなんだろうと思う。
私の言った言葉以外に別の言葉が一杯ついてグループの中を駆け回ったんだ。
プールに行く前に、もう森下さんの口から出てしまっていたんだ。
そして、同じ行動をとらなかったのをきっかけでこうなったんだ。
工藤さんも長谷川達に、私の言った事をチクッたのだが、これ以上の詮索はやめよう。
思わず怒りではなく、恐ろしさで体が縮み上がった。あぁ!
森下さん、裏と表をうまく使うなぁ。と前からおもっていたし、本人とも何度か話した事あって、森下さんも自分で『うち、二重人格みたい、嫌だなぁ』ともいっていた。
でも、絶対に親友だったし、その時は気にしていなかった。
それが、その親友(私がかってに思ってたみたい)の性格がもろに牙をむいて襲ってくるなんて。
あの一言が背ビレ、尾びビレがたくさんついて、たくさん、たくさんついてグループの中を泳ぎまわったのも、私が何も言わなければヒレのつきようがないんだし、でもショック!!
でも、どうしてンなこと言うんだよ!! クソッー!

今の私なら、あのような時どうしただろう。
まず誤解を解くために、多少乱暴な言葉を使ってもじっくり話た?と思う。
あの時のアホな私は泣いて、ひたすら泣くだけ、そして許してもらおうと(自分でもなにもわからず、何を許してもらうにか!?)必死に手紙を書いていただけで、なにも解決されなかった。
プールの事そんなに皆が目をつりあげ充血させて怒るほどのことでもないのに ・・・ と思いながら、皆の怒りからピントはずれのことを考えてさ。
たとえば、あの『嫉妬』が原因として、ヤキモチなんて、ほかの子も日常たくさん出して生活しているじゃない。
原のサッちゃんなんて、ものすごいものだったのに、皆プールのことであんなに変わるなんて、ぜんぜんおかしいって思った。
原と比べるつもりはないけれど随分極端だったな、いろいろと。

言い訳にしかならないが、ただ一人で泳いでいただけの話(心ではけっこう憎まれることを考えていたけど。)どうもプールの話だけではないらしい、随分前に森下さんに、そして、プールの帰りに、工藤さんに話たことの方が、彼女らは重大にとったみたいであった。
(どこで重大になったのか?)
恵美ちゃんの手紙のように、皆に謝って歩く力なんて全然なく、かといって言い返すこともできなかった。
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by obora | 2008-12-22 11:48
94’10/31 ~ 95'2/1  ・・・  (2) ・・・ 『始まった』
しばらくすると、プールひ泳ぐ人がいっぱい集まってきた。
その賑わいのなかに、私がかって六年生の時に、新一年生の世話をしてあげたことがあって、その子が小学三年になりたての角山くんの姿もあった。
「あっ、おねェちゃんだァ」と駈け付けてきて、「おんぶしてくれ」とせがむ。再び皆の中に戻り、その子から逃げた。
すると逆に、おんぶりリレーはじまるという、逆効果となってしまいリレーが終わるなり、私は皆の輪の中からはなれた。
この時、少し『嫉妬』をしているんだろうなァ。
今、時間をかけて良く考えると一人で泳ぎたかったから、皆の処からはなれたのではなく、皆がどれだけ私のことを思っていてくれているか知りたかったので、そうしたのだと思う。
それは、『自惚れ』と『嫉妬』から出た行動だったんだ。
当時の自分に、そういう気持が心のすみにあったのかなァ。
きっとそうなんだよ、今の私がまだそうだとしたら駄目だな、まったく。
今は『登校拒否』しているけど、何ていうか、こうやって自分の性格を考える時間があったってことは良かったと思う。

せっかく皆で泳ごうとしていたのに、結局一人で楽しんでしまった。
向こうの世間話も終わったらしく、森下さんや長谷川が「うちら、もう帰るから」と、バイバイを言いに来た。
一人相手にされなかったような感じの悔しさと、何て薄情な奴だろうという思いがして、「へえ、あ、そう、帰ればどうぞ!」とぶっきらぼうに言いはなってしまった。
「バイバイ、久美ちゃん、バイバイ」
この時点で長谷川達は怒っていなかったんだ。(そんなに)

『皆、私より先に帰るなんて』と思ってヒョイとふり向くと、工藤さんが後にいる。
ビックリしたけれど、以外と落ち着いて「どうした。帰ンなくていいの」と聞くと、「うん、久美ちゃん心配だから」と言う。
5時くらいまで、ずっと泳いで帰りに片岡(薬と文房具の店)に寄って、おやつを買い二人で食べながら帰ってきた。

今になって良く考えてみるとそうなんだ。この後の帰り道、森下さんの口からあのポッともらした事が出たんだ。
『いじめ』のことについて考えていた始めの頃は、学校へ行かなくなってまもないこともあったし、ふくざつな部分んてよくわからなかったけど、おちつくと、あのゴタゴタが、なんか良く見える感じ、あの時私一人なにも知らなかったみたい。
そのせいでパニック状態が続き事態を一層悪くしていったんだァ
アァ!!

次の日、学校へ行くと何やら長谷川の様子が変だ。ムッツリした顔をしている。
朝に会っても、「おはよう」も言わない、ほかの友達も長谷川と同様に変だし皆の所へいっても『なんでコイツがくるの』という顔をして去ってゆく。『えっ?えっ?』頭がうまく回ってくれない。
『どういうこと!?』
『なんでぇ!?』
と半べそをかきながら、わけを森下さんに聞いた。
「これも全部、久美子ちゃんしだいなんだよ、久美子ちゃんが、きちんと謝るか謝らないかできまるんだよ!」と厳しい口調で言われた。
『あ?』理解できない。
『どうしたっていうんだ?あっ、きっとプールのあの態度のことでだろうな。でも・・・・・、どうして!?』
一時間目が始まり、イヤ~な雰囲気で授業を受ける。プリントを前から回され、長谷川の前の席なので、長谷川にプリントをわたさなくっちゃならない、渡す時はにらまれながら、ひったくるように持っていかれる。
「後からプリント集めて下さい」と言われ同じくにらまれる。
わけが分からないまま苦しくて、悲しくて、泣きじゃくって、とにかく謝ろうとしてサッちゃんの所へ走っていった。
恵美ちゃんとサッちやんは、昨日は学校でしか会っていないし、もっと別の理由で怒っているのだろうと、そう思った。
本当はもっとも怒りをあらわにしている長谷川に最初謝ればよかったのだが勇気が、どうしても勇気がでなかったから後にしようと逃げてしまった。

「サッちゃん、私のこと怒ってる・・・」そこまで言うと、
彼女は、「うちら、久美子ちゃんに、気ィされる様なことしたっけ? 皆に謝んないと、どうこううちに言われても困るし、うちだけに謝られてもねェ、皆すっごく怒ってるよ。ねェ森下さん」と近くにいた森下さんに声をかける。
もう泣く事しかできなかった。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
まわりの人達が私を見ている、「どうしたの」とかいっているのが聞こえる。
「泣かれても困るよねェ」と苦笑いしているサッちゃんがぼやけて見える。
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by obora | 2008-12-21 09:14
1994年10月31日~1995年2月1日 ・・・  (1)・・・『予感』
私はすごく(今もそうなんだけど)悩んでいたあの事件のはじまりは、今から6ヶ月くらい前になる。
中学2年生になって、C組となりクラスが変わったばかりの頃は、クラス全員仲良くしてた。
その時期はグループも新しくなったし、『あぁ、このクラスになれてよかったぁ~!』って思ったし、楽しかったな、本当に。
それまで私もいた新しいグループの中にも最初の頃はいろいろあって、一度など長谷川由美と松川恵美って子たちの仲間割れがあった。
その二人の話を聞いて仲直りをさせたことがあった。
本当は余計なおせっかいだったのかも?だって、その後で自分が攻撃されるんだから。

いつも、くだらないことでゲラゲラ笑っていた。そういう人が真面目になって相談してくる、話を聞いてだんだんその人の性格がわかってきた。
『こんな面をこの人はもっていたんだ』ってビックリしながら相談にのってた。
でも松川恵美ちゃんはともかく、長谷川由美の恐ろしい考えにはゾッとせずにいられなかったな。
「徹底して、松川恵美ちゃんを一人にさせてやる」と言って、それを実行しだしたんだもの。
私が相談にのって二人の中に入ったからかどうかってこと、今になっては、どうでもいいし、はっきり言ってわからない。
でも、結局あの二人は仲直りしたけれど、なんだか急に不安になった。
『不安』てより『予感』がしたっていったほうがいいかもしれないけど、直感で『いずれ私もこの人にいじめられるな』って、はっきりとわかってしまったような気がしたんだよね。

4月は順調。5月は20日ぐらいまでパーフェクトだったし、けっこう楽しい中学校生活を送っていたんだ。
その楽しい学校生活だって、たまたま運が良かったのかな、要するにワガママになっていたんだよ。
今の私なら普通に耐えられる事なのに、些細な事で(当時の私には、すごく腹立たしい事だったに違いないのだろうけど)すぐ怒った。
そして細い平均台のような、あやふやな『運』から、おっこちる寸前とも知らずに、そして、問題の暑かった27日をむかえちゃった。
プールに入りたい友達をさそって小学校のプールへ行こうって思って、サッちゃんと恵美ちゃんをのぞいた4人(サッちゃんは用事があって、恵美ちゃんは家が遠いから)を無理矢理さそって、2時頃に待ち合わせをした。

待ち合わせの場所は、アラキ写真館の踏み切りにした。
最初は、私と工藤さんと長谷川の三人だけで泳いでいたんだ。
林さんと森下は遅れてきた。
んでもって、林さんの方が森下さんより一足早くきた。
「あっ、バッコがきたっ!」皆の反応は、まずこれだけだった。
誰も迎えにはいかなかったよ。
でも、森下さんが来ると・・・・。
「うわぁ~森下さんだ。」「キャァ、森下さ~ん。」
皆一斉に迎えに行った。まるで芸能人、アイドルのようだったナ。
私は一人プールで浮いていた。
『大勢でいかなくたっていいだろうになァ  ・・・ 』って思いながら。
(いつも森下さんは、ひいきにされるんだよね。)
森下さんが来るとプールは途端に、おしゃべり会に変わった。
皆はプールサイドにかたまって世間話に花をさかせているではないか。
泳ぎたくて来ているのに、と思って一人でいろいろと苦手な前転、後転などいろいろ練習しながら泳いでいた。
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by obora | 2008-12-19 09:00