<   2009年 09月 ( 11 )   > この月の画像一覧
気持を楽にさせた一通の手紙。



登校拒否が始まったばかりの頃
夜の散歩を終え、二人でいろいろな事を話し合い
そして娘が寝つく 深夜11~12時
ひとり酒を飲んで いくら考えても答えが出るはずもないのに
毎日同じ事を考えていた
そんな時本屋さんで見つけた『子どもたちが語る(・・・・402人のメッセージ・・・・)登校拒否』というぶ厚い本

その本の最後に載っていた『親の会・一覧』で
兵庫県の『不登校児と親のための小さな学校』を見て
代表者である松木育子さん(マツキ・ヤスコさん)に
手紙で登校拒否にいたった経過を書いて出した手紙の返信が
『松木さんからの手紙』

この手紙を読み終えた時
なんとなく胸につかえていたものがスッと消え楽になったのを
今も昨日の事のように覚えている

別に力強く叱咤激励の文面でもなく
問題を解決してくれる事が書いてあったわけでもないのに
気持が楽になった
今も大切な『松木さんからの手紙』



当時、藁にでもすがりたいような不安が一日に一度襲ってきた。
不安に襲われる一番の問題は
“自分のとった判断とどのような形で同年代の中に復帰させたら良いのか”
という事だけだった。
誰かこのことを上手くクリアーした人はいないだろうかと数人の人を選び手紙をだして松木さんの手紙はその返信の一通。

とのかく、気持の中にあったモヤモヤがスゥーっと晴れたんです。
物事が解決した。ではなく痞えていたようなものが消えたそんな感じで一人悩んでいた気持が救われた一通。



f0113325_7255763.jpg







人気ブログランキングへ
[PR]
by obora | 2009-09-24 00:00
松木育子さんからの手紙

 お手紙ありがとうございました。
遠い地からのお手紙で少しびっくりしましたが、子を思う気持は皆おなじと改めて感じました。
そして同じ不登校の子どもをもったお陰で遠い地の佐藤さんともお手紙でお話することが出来る不思議を感じています。


お嬢さんが学校へ行かれなくなって、さぞやびっくりされたことでしょう。
そして”学校へ行くように、強要した事もなく”見守っていらっしゃるご様子、初期の時からそうされたのはお嬢さんのつらい気持を理解されたからでしょうか。
 子どもの不登校にはそれぞれ理由もあることでしょう。
そしてひとつのことだけなら子どもも切り抜けることが出来ると思います。
いくつかの事がかさなってこれ以上は無理と判断されて、ご自分の身を守る手段として不登校という形を取られたのではないでしょうか。
いくら親とはいえ子どもの限界を判断はできませんものね。
子どもの判断にまかせることが、子どもの決断を見守ることが、親に出来ることなのではないかと思っています。
もしかしたら子どもにとって今までの人生で一番大きな決断をしたのではないでしょうか。とっても勇気のいることだったでしょう。

 

私どもの「不登校児と親のための小さな学校」のことどこでお目に止まったのでしょう。
私事ですが10数年前に子どもの不登校を経験して学んだことを同じ親どうし分かち会いたくて今の場所に開きました。
始めたときから私の一番の願いは、子どもが自分の人生を自分で決断して歩いていってくれるよう、応援するのが親の役目だということを親どうし確認し合いたいということと、具体的な方法を学び会う場でありたいということでした。
ですから「小さな学校」では子ども達は一週間に一度ですが、集まって同じ不登校の先輩たちと、話し合ったり遊んだりしています。
親たちは親たちでお互い勇気づけあい、子どもへの勇気づけの方法を学んでいます。
通信をお送りいたします。「小さな学校」の雰囲気を感じて戴ければうれしいです。



お手紙いただいた尼崎は「小さな学校」の所在地で、一週間の一度だけ行きます為私の手元に届くのが今日になってしまいましたので、お返事が大変遅くなってしまいました。
もしこの次お手紙いただけるようでしたら自宅の方にお願いいたします。





今年も残り少なくなりました。お身体大切に。







人気ブログランキングへ
[PR]
by obora | 2009-09-21 08:47
本当は親も不安だったんだ。


登校拒否宣言のその夜から
『学校へ行かないと ちゃんとした大人になれないのか?!』
『コントラバスできる方法はないの?!』
『勉強したいけどどうすればいい?!』
『カメラも本格的にやってみたい!!』
など など つぎつぎと機関銃のように飛び出す質問
父親自体、判断に』誤りの無い大人 ちやんとした大人なのか、どこから大人でどこまでが子どもなのかって云う分岐点すら判別できないでいる、子どもの見本なっているのかさえ分からないのに自信たっぷりに『なれる!!久美さんはバッチリさ、夢をもって、それをあきらめなければ叶うんだ。 』と言った後自信がなくなって深夜起き出してふさぎ込む日が多くなっていった。


コントラバスは部活 吹奏楽部で小さな体で大きなバスやっていて全道で一位になっていたから続けたかったらしく『だったら一般のサークルを探そう』
『勉強は進研ゼミでやろう』
『カメラは通信教育でやろう 明日もうし込もう』
一つ一つ 待ったなしの答えをだし実行していったのは、気持を前向きにさせてやりたいとの思いと、親もそうすることで不安に陥る気持を振り払いたいという思いもあったんだ。

f0113325_1818654.jpg


『お父さんは私のことを真剣に考えてくれている。お父さんの言う通りに私が頑張れば学校に行かなくたって夢は叶うし、立派な大人になれる!』と信じて疑わない娘の顔を見ると『本当にこれでいいのか?』と気持がぐらつく、それまで止めていた酒をのみだした。
酒に逃げたのではなく一点集中で考えていた事がアルコールでボカシ幾つかの事をゆっくり考えることが出来るようになれた。
それと、兵庫県からの一通の手紙で、不安やモヤモヤしていたものが一気にふきとんでしまった。
素晴らしいアドバイスが書かれていた訳でもなく、励ましの文面でもないのに、体から余分な力が抜けて楽になったんです。


『とぉ~!とぉの布団で寝ていい』
安心しきった寝顔を見ていると
『俺の久美さんへの答え・・・これで本当に良いのか?!』って当然なる
そんな娘の寝顔を見ながら朝方まで酒を飲むようになった。
その手紙の後は徐徐に楽しむ酒に変わっていったんだ。

その酒が今では 自分の為に楽しむ節度のない『酒』になって毎日飲んでいます。
これも あん時のいい おまけかな!

今夜も飲みますよ。 の~む!!





人気ブログランキングへ
[PR]
by obora | 2009-09-19 18:12
迷い道



いままで 友達関係は良かったよ
          
私の小さなわがままも通用していた
でも 今は小さなワガママどころか 意見も言えない

これも まぁ人生の勉強と思って今日まできた
けれど もうそんな勉強など ”無用” だ!

私 クラスの人達を もう怨みません

自分を けなし 嘘をつくことしかできなくなったのです
親に 学校の事 もう話したくない
笑い 話す事さえ
今 すごく重荷になっているのです

今の私 死ぬことはもちろん
勉強 友達 親 話すこと
全部 全部 大変な事なんです

いつも なにかにすがりたくて
いつも 誰かを悩ませていた

私と同じ悩みで苦しんでいる人
話しを本当にわかってくれる人

そんな人 いないよね


(1994・登校拒否少し前・・・・久美子 )



人気ブログランキングへ
[PR]
by obora | 2009-09-17 12:27
送り返された年賀状





平成8年、娘が ある同じ? いじめ登校拒否の家庭に出した年賀状が二つ折りにされて手紙に同封されて返ってきた。

  『いじめ・登校拒否』 ~21~ 思い込み で載せた地方紙の記事コピーと

  親の自分(俺)に対する批判文の手紙と一緒に




>  今日(8日)、久美子さんの名前で年賀状が届きましたが
  どうやら本人が書いたものではないようなのでお返しします。
  私はこんな年賀状はいりません。
  お父さんはどういうつもりで久美子さんの名前を借りて年賀状をだしたのですか? 
  私達が知らないと思ってこんないいかげんなことをしたのですか?




> 新聞の記事に久美子さんと同じ(女子中学生)学年の子が同じ当別町で自殺したとのっていたのですごく心配していました。










【ここまで読んで手紙を机の上に置き なにがなんだか その先に書いてあるだろう文面を予想し重苦しい時間が流れていた
いったいこの手紙を書いた家で何が・・・そんな事が頭の中で暴風の中の細い立ち木のように脳味噌が揺さぶられ飛びだしそうだったな。】









> お父さんの手紙とともに久美子さんが学校祭の生活体験発表で訴えたという原稿がはいいまし
た。
  これは久美子さんの遺書ではなかったのですか?



> 実は9月25日の夜からショートカットの小柄な女の子が泣きながら
  夢に出てきたり、普段もその子の霊が その日から毎日います。



> あなた方はバカにして笑うかもしれないけどあるんですよね
  あの世にいけないまま「親に捨てられた」と言って泣いているので
  知り合いの霊能者に見てもらいました。
  その人達は、あなた方相談にいってるみたいなただおどり、ただしゃべる法華の人達
  とはちがいます。昔からある自然を司どる神々を信仰して
  いる方々です。その人達にたのんでこの子を仏の道にいれてあげました。


> こんなことをして久美子さんに対して失礼ではないですか?
  今回の年賀状は私達だけでなく久美子さんの心をもふみ
  にじる行為です、たいへん失礼ですよ、


> 親としての責任が感じられません、もう今回のようなこと
  はやめて下さい、
                それではさよなら


f0113325_21495285.jpg



まず、新聞記事の女子中学生を 読んだ瞬間から久美さんと決めそれがドンドン広がり 霊まで出て さらに霊能者にたのんで仏の道・・・・・

”その人達は あなた方が相談・・・・・”っても霊能者とかにすがり相談など思ったことすらない。

子どもの相談にかこつけて、それより親自身の不安を解消する逃げ道として
そういうところに行くのだと俺は思う。
その時はいつだって子どもは二の次。結局は子どもから逃げているのではないか。
ってことで、俺はそんなことは絶対に『せん!』

いじめや登校拒否の家庭では『霊能者に相談』と決めつけて話を進めてくる
この手紙の事を娘 久美さんに見せようか 見せないで黙っていようかと迷ったが
何でもお互いさらけ出し生きてきたんだし『こんな事を知ったてオタオタする奴じゃない』って見せた
予想以上に冷めた感じで「でも、私は生きているってだけは知らせなくてはネ!」


それからは久美さんが直接電話をし それでも半信半疑な様子なので戸籍のコピーと学校から在学証明書をもらい郵送
この事で”いじめ・登校拒否”を体験した している親は皆自分と同じ考え方でいると考えていたのを それは「違います!お前の考えは甘い」って言われたようだし 俺もそう感じた。

『いじめ・登校拒否が10あれば 10のケースそうして20の親の考えが有るんだ』って知らされた手紙でした。

簡単に
「私、学校行かないから!」
「そうしな」
これでいいのか?
俺より先に経験している親の意見を知りたくて何人かの人に手紙を書いたもんで今考えたら焦ってそんな事を知ろうとしなくても良かったのかな?!
結局俺も自分の気持を楽にしたくて 
霊能者に相談する人達と根っこは俺も同じとも知らされた一通でした。

二つに折られた年賀状を寂しそうに折ったり開いたりしていた久美さんが印象的でした。

自殺した 我が子を生きているように年賀状を書いて出す そんな親いる??!!
いないんだよ。そんな親は。

同じ“いじめ・登校拒否”家庭でもそれぞれ抱えているものが違うんだと教えてくれた一通の手紙だったんだよな。


f0113325_2155225.jpg
             






人気ブログランキングへ
[PR]
by obora | 2009-09-15 00:03
思い込み
秋田県の同じいじめ・登校拒否の家庭に藁にもすがる気持で書いた何通かの手紙その中の家庭にだした年賀状と共に来た一通の手紙とその家族の暮らす地方紙にでたこの記事 のコピーがきたのです。

f0113325_2159828.jpg





これを見て我が娘と思い『死んだ娘さんを生きているがごとく・・・・・』という手紙がこの記事とともにきました。

読んですぐは衝撃てきでしたね。

住所が同じなので「そうなんだ」と思い込んじゃったんですね。
ジックリと読んでくれたら違いが分かったと思う、そうすれば確認の手紙で済んだのにね。
悪気があっての事ではないので、生存していると云う証明になる書類を同封し手紙を送り、本人が直接電話もして勘違いであったことを分かってもらえました。

100のいじめ・不登校があったら100のケース 全く同じもんは無い事を知らせてくれた一通の手紙でした。
自分の経験している“いじめ・登校拒否”と家庭での対応で他の家庭の事の考えをめぐらせてしまうのが普通だよな。

最近もブログで打つ文字に「こらっ」って打つ
受けての人のその時の感情でどうにでもとれるし文字だけでは表情が見えないから。

曲げてとる人、そうでない人、10人居たら10の受け取り方はあんだよ。
文字には表情が乏しいから(無い)お互い理解し合うのには長い時間が必要なんだ。

義務教育をボイコットさせている自分に『これでいいんだ』と云う強い自信が深夜一人で考えるとついそに自信がゆらついてしまうんだよ。
それで同じ悩みを抱えている家庭に手紙をだし、揺らいだ自信を屈強な自信にしたかったんだナ。

親の揺らぐ気持を立て直す何かを、この家族に求めていたんだ。
本当は求められても、求めても同じ悩みを抱えているのだから、こっちが間違いを起こしてしまったんです。
救われたくて手紙をだしたのだから。


赤い書き込みは 我が家庭との違いを書いて事情説明の手紙に同封したのです。
真剣に俺達の事考え心配してくれてたんだもんな。
すまない!!




人気ブログランキングへ
[PR]
by obora | 2009-09-14 09:16
クリスマス・プラン 
クリスマスが近くなって、(天井の掃除の頃に書いたもの)このメモを持って二人で買い物に走り回ったのです。
f0113325_22542042.jpg


そんな時は二人とも”いじめ や 登校拒否”のことなど完全に忘れて毎年の事、クリスチャンでもないのにウキウキ ワクワク。
クリスマスでは高校生になるまでプレゼントで俺に騙されていた。
番印象に残っているのは小1の時
「久美さん、今年のクリスマス・プレゼントなくていいかな?」
「いいよ」
これはクリスマス10日前くらい

「お~い政義君、クリスマスのプレゼント 一個もないの?」
「あれっ、この前 なくてもいいって言わなかったっけ?」
「そうだっけ、いいよう」
これは二日前

当日一緒に風呂に入って
「プレゼントは?」
「ないよ」
「わたし 父さんにプレゼント買わなきゃよかった」
このあたりでは少しふて気味。

風呂から上がり体を拭いてもらっている頃は完全に半べそのヤケ気味
「クリスマスなんかなきゃいい」
その後、いつも風呂あがりに行くとなりの部屋に『絶望!!』って態度で足を踏み入れたとたん。
「あれ~っ!これなんだ!」
声は裏返り、涙を拭き拭き泣き笑い
「これ、全部わたしのかァ」
ゆり椅子の上に4個、その足元に6個のクリスマスプレゼント。

1994年の登校拒否なんかなんのその、やっぱり”騙して”やった。
(小1の時ほどではなかったが。)
この娘が描いたクリスマス・プランどうりになりました。

料理は俺がコック。
娘はシェフでバッチリ。

いつもと少し俺にとって違ったクリスマス。
めいっぱい生き生きした顔で楽しんでいる娘。それを見るとつい『どうしてやったら良いんだ!』って 今 思いだしても”ホロ苦クリスマス”
当の本人も思いは同じだったのかな?

でも、思いっきりクリスマスを楽しんで、“いじめや登校拒否”の事なんかどっかに吹っ飛んでいっちゃったぁ~。

人気ブログランキングへ
[PR]
by obora | 2009-09-13 00:00
娘の手紙
【このブログに書かれている“いじめ と 登校拒否”の記事は、1994年から1995年に起きたことで。登校拒否は1994年10月31日~1995年1月31日までで、2月1日から地域外通学で学校復帰。その間の事を書いたものです。】



お手紙どうもありがとう
北海道は道路がツルツルで人も車も大変です
学校へ行かなくなってからは曇った日や吹雪の日などの方がおちついて家の中にいれます
仕事で外へいく人は大変でしょうが
そんな日ってすごくおちつくんです。

『いじめ』にあっていた頃は次のような感じでした

ずうっと我慢しつづけてきたけれど、 とうとうダウンしてしまった
もう駄目みたい
とうとう何も言えず腹が痛いだの、カゼをしいただのと嘘もつけなくなった
友達にも寝坊したとか仮病なんぞもつけなくなった

朝、先生からの電話がなった
嘘もつけないが 本当のこともいえなくて電話に出なかった
お母さんは「情けない」って言った
もう おしまいみたい
進学や友達のことが心配だったけど
今はもう何もなくなった

今までなんとか休み休み、苦しみながら学校へ行っていた
昨日も励まされ行ったよ
でも ひどくなるばかり
私、もう駄目みたい

そんな感じでした。
私のところは家族みんな、とくに父がガップリくみとめてくれてます
父の場合 小さい頃から全校生徒、先生からも除け者にされるという経験者という事もあり すごく私の気持をわかってくれます

学校へ通ってた頃帰ってくると『今日はこんな事があった、あんな事があった』と話していました
と言っても最初は「どうしてそんなヤツらに負けているんだ」とか
「ちょっとでも久美さんにさわったら おもいっきりなぐってこい、俺か跡始末してやる」と無茶なこと言ってましたが・・(それでもけっこう楽にはなりましたけどね)

私が「もう学校へ行かない」と言ったとき
「べつに学校に行かなくてもいいぞ」とアッサリ言いました

「学校を休むのを悩むより、これからの事を考えよう」と
うちの父さんは言います





※手紙の下書きとして残っている物だが何処へ出した物かは不明。
 本人に聞いても覚えていないという。


人気ブログランキングへ
[PR]
by obora | 2009-09-11 18:00
本人の書く話・・・天井の掃除
はい。娘の佐藤久美子と申します。本人です。
これからチラチラ、父の言葉足らずな文章に付け足す形で書き込みをいたしますのでよろしくお願いします。


天井の掃除の話。
昼間外を歩く気になれなかった私は、その代わりもっと色々したくなりました。
本を読むこと、映画を見まくる事…一人遊びを徹底してやりたかったんですね。
将来への不安なんて別に無かった。一番の悩みが『学校へ行くこと』だったんだから、
それ以上悩む事が無い。
そりゃあ、天真爛漫・天下泰平とまでは行かなかったけれど、
十分外敵から守られた場所にいるんですし、
当人の悩みはとりあえず解決。将来のことは考える余裕も無かったので考えませんでした!
うちにいていいよ、と両親からのお墨付きで家にこもっているんだから、小さな時みたいに一人で遊ぼう。

まったく私は掃除が好きだ。
しかも強力な洗剤を使った掃除が好き
小学生の頃 お昼休みに一人トイレのタイルにある黒かびをひたすらサンポールで
漂白しまくり、同級生に気味悪がられた事があったっけなぁ。
あのジュワジュワっと泡を吹かせ、くっきりと白くなる目地をみるとお尻がムズムズするほどの快感が走る!

昔父母叔母は家でスパスパモクモク煙草を吸いまくっていた。
私が生まれてからそれはなくなったものの、何年にもわたって燻された壁紙,天井は白をベージュに染められている。
そこを試しにマジックリンでふき取ると…なんときれいになる事か!!

父が帰宅して、真っ白な天井を見上げる。
「おおっ…お前よくやったナァ!」そう喜ぶ顔を思い浮かべる。
よし頑張るぞ!と引きこもりの子どもも気合が入るというもの!!
ガスタンクと茶箪笥を足がかりにして楽しく拭いていたものの…
だんだん首がつらくなってきた。痛い…
脇の下痛い…いったん下へ降りて改めて天井を見上げると…唖然。

あんなに脱力した事はない。
3時間やってまだ角の部分しかふき取れていないではないか。
しかしそれ以上にマズイのは、あまりに拭いたところが白くきれい過ぎるのでした!!


はしごがあったって、このうちが狭いからって どうやって天井全面をふき取れというんだ!!

父が帰宅して部分だけ真っ白な天井を見上げる。
「おおっ!お前…この天井どうしてくれんだこのヤロー!!
家にいていいとは言ったけど何でも馬鹿をしていいだなんて誰がいったんだァ、ゴラッ!!」 

そんなバカな。掃除をして怒られるなんて考えられない。
漫画『動物のお医者さん』でも似たエピソードがあったけど
あれは戸棚で隠せたからよかったんだなぁー。
マズイ。どうにか誤魔化さなければならない。

脚立と、水彩絵の具と筆を持ってくるのに10分も掛からなかった気がする…

めでたく「頑張って掃除をしたんだけど、ここまでしかきれいにならなかった」という事で上手く家族を騙すことに成功したのでした。

f0113325_11402692.jpg


それにしても我ながらすごいのが、そこを引っ越すまで4年間誰にも気づかれなかった事!!
荷物を全部運び出してしまってから、父に打ち明ける。
「…いい事教えてやろうか」
「なんだよ」
「この天井さぁ、一度真っ白にした後、あたしが絵の具で描いて汚したんだよね」
「えぇ!?おまえ本当かよ」
ここで怒られないことを確信して
「あはははは、今まで気が付かなかったんかい!だーっはっはっは。バカめ。4年間もひっかかってら」とふんぞり返る。

「久美さんお前バカだけどすごいね」といわせたのでした。
ホホホ。黄金の右腕、と呼んでくれ。

(久美子記す)


人気ブログランキングへ
[PR]
by obora | 2009-09-09 11:41
クリスマスの用意
クリスマスが近づいたある日、家に帰ると茶の間の天井が一部ザラッとした感じでタバコのヤニがとれている。
「あれぇ、どうした]と聞くと、
「クリスマスが近いから洗剤をつけて拭いてきれいにしようと、少しやってみたけど広すぎるな と思ってやめたサ」
いくらなんでも無理だと思い「よくチョットやって止めたさ、もっと広く拭いてたら2~3日皆でかかるもな」

その事はそれっきり忘れて4年後 家を買い引越しの用意をしている時
ニタニタしながら「いい事おしえるか?」とあの茶の間の天井に目をやりながら横に近づいてきた。
なんの事か分からないし「あれか?」と聞くともう可笑しくてしょうがないと云った顔をしている。
「あのサ、あれ私が描いたの」
と言われてもピンとこない。

「だからサ、あん時結構広くふいたの! でもこの広さを拭きとれないと きずいて、絵の具でもとの汚れを私が描いたの」
近づいても分からない「本当かよ」と言うしかない出来按配でポカンとしていると。
「バ~カ!分からなかったベ、どうだ! うん」と得意満面。
もう一度真下にいって見上げても、やっぱり 悔しいが分からない。
「久美さん、お前すごいね」って言うしかないでしょう、こんな場合は。
『4年間も』と思うと、思いっきり悔しいのと 登校拒否で家にいて結構凄いことしてたんだと、いい意味での騙された悔しさでした こん時は。

今でも(2009年)騙されることがあります。
無地のメモ用紙にサラッとカット画を描いていることがあって、
『格好いいメモ用紙だナ』と何日も思って見ていたら
「電話の間右手が退屈だから描いたンですよぉ~」

この天井の話は、登校拒否期間中の沢山あった楽しい思い出の一つです。


人気ブログランキングへ
[PR]
by obora | 2009-09-08 08:32