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いじめ自殺・幼児虐待死
いじめによる自殺、「しつけの一環として」とか「しつけの延長」という言い分けの幼児虐待、最悪虐待死にまでいってしまう。

こんな記事が新聞、テレビ、ネットで連日のように報道されているが、いじめで小学生、中学生や高校生などが自殺をしてしまう。

その都度学校側の答弁、教育委員会の回答が娘のいじめ問題当時とまったく変わらない同じ答弁なのには驚かされます。

「学校側としては“いじめ”があったとは認識しておりません」とかそれに似た言葉しか出てこない学校では何も変わっていないし変えようともしていないんだろう、ただその場しのぎの使い古された答弁を何年も何十年も繰り返す、これで教育者、世間や生徒、保護者から「先生」と呼ばれている。
おかしいでしょっ!

教壇に立って毎日生徒の顔、行動を見ていたらわかるだろう。なにがどうなっているかぐらい。
中には助けを求めて担任の教師に相談する子どももいる、娘の場合がそうだった。
それでも最終的には「いじめがあったとは認識していなかった」って言う。

で、学校側に子どもを助けれないのであればいったい誰が子どもを自殺から救えるのかと考えた。
場所は自宅、助けることが一番出来るのは保護者である両親しかいないですよ。

「学校に行くくらいなら死んだほうがいい」というほど追い詰められているならなんで再び学校へいって自殺しちゃうのか。

「学校に行かなくてもいいよ」と逃げ場を自宅に作ってやれば救えるように思うにだが、これは思いつきではなく実際に娘のいじめ問題で体験した結果の考えなのです。


娘がいじめにあっている真っ最中の中学2年生のある夕食どきに青白い顔でご飯の米粒を一つ一つたいぎそうに口に運び小さく溜め息をついて小さな茶碗のご飯ものこしてしまうほどの食欲でしかない『これじゃ駄目だ』と
「オレ学校って言うか学歴って生きていくうえでそれほど大事とは思わないけどな」といったとたん今まで青白かった顔がピンク色になったのを見て親の想像以上に追い詰められていたのを知らされた。

次の日「わたし、学校行かないから」

休んで毎日夜二人で散歩に出て色々話し合う中で「学校に行かなくても絵描さんになれる?」
「独学でもなれるけれど、専門の学校に行くと独学で10年かかったとすると学校で学んだら半分の5年くらいでなれるかも」
「じゃ、どうしたらいい」
と、時間が過ぎ自分で通学できる学校や通信教育、フリースクールなど先が見えてきて少し回り道しても夢を叶えることが出来るのですが。

「金銭的に」と良く聞くのですが親の「気持の余裕が」だと思うンです。
ちょっと一服させてやれたらナと、大人だって人間関係に疲れ仕事を休んだり、転職や失業するじゃないよって思うよ。


いじめに遭い非難できる一番安全な場所が自宅です。

こんな例がありました。
高校に入学して間もなくいじめに遭い学校を辞めたいと親に相談したそうですが親は「入学金がもったいないだろう、学校に行け!」というばかりで取り付く暇も無い状態で結局それ以後長い長い引き篭もりに入ってしまった。
自殺しなかっただけ良かったといえばそうなのだが考え教えられる事の多い話だと思う。


幼児虐待・死は目を覆いたくなるほど多く悲惨な事件が多すぎる。

生まれて直ぐ、あの小さな手で自分の一指し指を握らせたあの感触、その瞬間『宝』になってしまう、なってしまった幼い我が子を洗濯機に入れスイッチを入れる。
しつけとして3歳児の我が子を嚙んだり殴ったりの虐待を同居の男と母親がしたという。

簡単に子どもが親に殺されてしまうニュースを見るたびに娘が0歳の時一指し指をあの小さな軟らかい手で握ってくれた感触を思い出して『なんでだ!?』と毎度そのような虐待・死の報道を見るたび怒りの交じった複雑な思いをさせられる。

“しつけ”って言葉はなんなんだろう?

分からないナ。
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by obora | 2011-01-19 07:04
SUNTORY OLD WHISKY
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by obora | 2011-01-05 12:30
年賀
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 画・佐藤久美子
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by obora | 2011-01-03 09:54
お正月ですネ。「あけましておめでとうございます」
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あけまして おめでとう ございます。


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子ども達が元気に生きれる一年でありますように。
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by obora | 2011-01-01 16:02